国連を舞台とする米中の動向と日本04


 「国連を舞台とする米中の動向と日本」と題するシリーズの第4回目です。私が事務総長を務めるUPFは、国連経済社会理事会の総合協議資格を持つNGOであるため、国連の動向に対しては関心を持たざるを得ません。最近の国連において最も懸念すべき問題は、中国の影響力の増大と米国の国連離れです。このシリーズでは、国連の成り立ちから始まって、米中が国連を舞台にどのような抗争を繰り広げているのかを解説します。その中で日本の立ち位置も考えてみたいと思います。

 前回は中華人民共和国が国連における代表権を獲得するプロセスと、中国によるウイグル侵攻とチベット侵攻について説明しました。この2つの侵攻を行った結果、中国はどういう方向にむかったかと言えば、「海洋進出」を始めたのです。

挿入画像09=国連を舞台とする米中の動向と日本

 中国は歴史的に大陸国家であり、陸続き・地続きで攻めてくる外敵から自分の国を守ることが安全保障上の最大の課題でした。北方から攻めてくる民族があり、歴史的には匈奴、タタール、契丹、モンゴルといった民族が侵入してきたのです。これを防ぐために作られたのが「万里の長城」です。現在の北方の敵は、実はロシアです。面白いことに同じ共産主義であったソ連と中国のときにはこの2カ国は大変仲が悪かったのです。しかしロシアになってからは中国とロシアの関係は良好でありまして、領土問題もありません。内モンゴルも制したので、北方からの敵に対峙する必要は無くなりました。

 そして中央アジアの敵は北方のウイグルと南方のチベットということですが、この2つは制圧してしまったので解決しました。南西アジアにおいては、インドとの間に緊張関係はあるのですが、チベットが緩衝地帯になっているのでこれもクリアしました。東南アジアはミャンマー、ラオス、ベトナムといった国々ですが、現在こうした国々との関係は良好なので、脅威となる国はありません。すなわち、地続きで中国を脅かす国はもうなくなったわけです。そこでいまは「海に出ていこう」ということになり、国防予算の大半を海軍増強に使おうというのが中国の戦略になります。いまや中国は歴史上初めて、「海洋国家」としての大国化を目指すようになったのです。

 中国は歴史的には大陸国家だったのですが、1990年代以降、国家安全保障上の脅威は「陸の国境地帯」から「太平洋方面」へとシフトしたわけです。そして現在の中国の繁栄の源は、太平洋側に面した北京、上海、広東などの沿岸経済地域ですが、この地域が最も脆弱であると認識しています。いまや、中国が必要とする資金、技術、原材料、エネルギーは海からやってくるのです。その流れを脅かしているのがアメリカと日本であって、特に太平洋に展開している米海軍が邪魔でしょうがないのです。

 それでは中国の歴史認識とはどのようなものでしょうか。習近平国家主席がよく使う言葉に「中国の夢」や「中華民族の栄光の復興」などがありますが、これは要するに失地回復のことです。ではどの時代からの失地回復かというと、清王朝時代の栄光を取り戻そうということです。清王朝時代の周辺国家を、自国の主権のもとに治めようとしているのです。ウイグルとチベットは既に終わりました。清朝時代の朝貢国には、ベトナム、朝鮮半島、ハバロフスク、琉球王国も含まれているので、これを全部取り戻さないといけないということです。

 中国人にとって中華民族の栄光の時代であった清王朝時代の栄光を破壊したのが誰かというと、「西欧列強」ということになります。中国は1840年代のアヘン戦争と南京条約のトラウマに、いまも苛まれているということです。アヘン戦争以来、過去100年以上にわたって続いた中華民族の屈辱は、いまだ晴らされていないのです。したがって、中国にとって現状はあくまで「不正義」であるということです。

 中国は19世紀以来の「西洋文明からの衝撃」という歴史上最も強力な中国文化に対する挑戦に対して、なんとか反撃をしたいと願い続けて、いままでやってきました。1949年の毛沢東による共産主義革命で、一応は国としての体をなして、そこからマカオをポルトガルから取り戻し、香港をイギリスから取り戻すことによって、かつての欧州列強を中国の周辺から撤退させることができました。「残っているのはアメリカだけだ!」ということであり、中国人にとっては東アジアと西太平洋におけるアメリカのプレゼンスは西洋文明の象徴であり、「最後の後継者」なのです。これは漢民族の民族的トラウマといっていいわけです。
 
挿入画像10=国連を舞台とする米中の動向と日本

 このトラウマを乗り越えて世界覇権を目指すために中国が打ち出したのが「一帯一路」構想というものです。これは中国から見て西の方に向かっていって、ヨーロッパからアフリカまで全部支配しようとということです。「一帯」というのは陸のシルクロード経済ベルトであり、「一路」というのは海のシルクロード構想のことであり、海と陸を結ぶ2つの地域で交通インフラを整備して貿易を促進し、資金の往来を促進していこうという大きな構想です。大変聞こえはいいのですが、内実は中国の「経済スーパーパワー外交」であり、投資した国には「債務の罠」というのが待っていて、中国の支配下に落ちるようになっているのです。

 現在、中国は国連を通してこの「一帯一路」を推進しようとしております。国連本体の中にある国連経済社会局(DESA)は事務局長に2017年7月、中国の外交副部長だった劉振民氏を迎えました。その結果、いまではこの経済社会局は中国の「一帯一路」計画の推進とその宣伝活動を行う部署となってしまっていると言われています。中国は国連の文書の中に習近平主席の文言を挿入し、「一帯一路」計画をグローバルなインフラ建設構想として推進するように働きかけており、これまでに30の国連機関や組織が中国の「一帯一路」計画への支持を表明する覚書に署名しています。このように中国は「一帯一路」に国連のお墨付きを与えることに成功したのです。

 そして、コロナで有名になったWHOのテドロス事務局長は、あまりにも中国寄りではないかと言われています。これはそう言われても仕方ない証拠がたくさんあります。隠蔽工作が疑われる中国の初動を称賛したり、パンデミック宣言を遅らせてみたりと、いろいろあるわけです。このテドロスという人は、もともとエチオピアの保健相・外相であり、その頃に中国から130億ドル以上の支援を受けています。さらにWHOの事務局長になったのも、中国の支援で票を集めてもらって当選したということですから、中国政府に忖度せざるを得ない立場だとは言えるかもしれません。しかしこれは、お金の問題だけではなさそうです。実はこのテドロスという人は、もともとティグレ人民解放戦線という毛沢東主義を信奉するエチオピアの政治団体に所属していた共産主義者なのです。したがって思想的にも中国とは相性が良かったのかもしれないということになります。

 実はこのテドロスさん以前から中国はWHOに対して多大な影響力を行使してきました。ことの発端は2006年の11月にあったWHO事務局長選挙なのですが、実は日本でコロナで大変有名になった尾身茂さんをWHOの事務局長にしようということで、このとき日本政府は尾身さんを擁立して選挙に出馬させます。これを阻止するために中国が立てた人がマーガレット・チャンという香港出身のチャイニーズです。選挙の結果、中国がアフリカの票などを集めてチャン氏を応援して小差でチャン氏が当選し、日本は敗れました。

 以後14年間にわたって、事実上WHOは中国の影響下にあるといわれています。このマーガレット・チャンという人が何をやったかというと、台湾はかつてはWHOの加盟国だったのですが、中国の圧力により公式に参加できず、オブザーバーとして参加していたのですが、なんと2007年からチャン氏は台湾からオブザーバーとしての資格も剥奪してしまったのです。さすがに2代にわたって中国人をWHOのトップにすることははばかられるということで、2017年の選挙では中国共産党の言うことをよく聞くテドロス氏を擁立して、WHOを支配し続けているというわけです。

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