次に、監禁という表現を否定し、「救出」であったと主張しながらも、部屋に鍵がかかっていたこと、外に自由に出入りすることができなかったことなど、何らかの物理的な拘束があったことを認めている証言の一つを紹介しよう。以下に引用するY.N.さんの本人調書が典型的な例である。これは平成11年12月14日に札幌地裁で行われた尋問において、統一教会の代理人である鐘築弁護士の質問に答えたものである。
鐘築:それから、あなたはお父さんというか、家族に監禁されましたよね。監禁。
Y.N.:救出ですね。
鐘築:一ヵ月ぐらいマンションにいたんですか。
Y.N.:はい。
鐘築:自分の部屋から出入りは自由でしたか。
Y.N.:いいえ。
鐘築:鍵かかっていましたね、部屋に。
Y.N.:はい、窓から私が飛び降り自殺をしないように鍵をかけててくれました。
鐘築:それもあるし、自由に出入りできなかったでしょう、部屋から他の部屋には。自由に出入りできましたか。
Y.N.:他の部屋にというか、外には出れない状態したけれども。
鐘築:マンションの何階にいましたか。
Y.N.:七階だったと思います。
鐘築:どんな人が出入りしていましたか。そのマンションに。
Y.N.:クリスチャンというか、ボランティアでお話をしてくれる人ですね。
鐘築:田口民也と言う人が来ましたか。
Y.N.:はい、来ました。
鐘築:これはどんな人ですか。
Y.N.:昔統一協会にいた人で、講師までしていた人だけど、間違いに気づいて辞めた人で、そして私の救出を手伝ってくれた人です。
(中略)
鐘築:牧師さんも来ましたね。
Y.N.:はい。
鐘築:何という人。
Y.N.:パスカルさんです。
(以上、調書104~106ページ)
次に、陳述書に簡単に触れておく。通常、脱会の際に物理的な拘束があったことや、第三者の介入があったことは、反対尋問によって初めて正直に証言することが多い。しかし、中には陳述書で脱会の経緯を詳細に説明し、本人の意思に反して拘束されたことや、「監禁」であると感じていたことを記載しているケースもある。その代表的な例が、平成11年5月6日作成の、K.Mさんの陳述書である。
陳述書の本文は非常に長いので、ここでは彼女の陳述書から重要な事実のみを列挙することにする。
● 1992年4月6日、彼女は両親と親族に騙されて、札幌市内の見知らぬアパートに車で連れてこられた。
● 彼女はその時、これは「監禁」だと悟ったので恐怖を感じ、パニック状態になった。
● 彼女は車のシートにしがみついていたが、降ろされてマンションの入口まで連れていかれた。
● 彼女は抵抗し、逃げようとしたが、皆に押さえ付けられた。
● 彼女は助けを求めたが、誰も反応しなかった。
● 彼女は恐ろしい圧迫感と、「監禁」されたことに対する怒りで気が狂いそうだった。
● 彼女は、とにかく今日は帰らなければいけないと言ったが、駄目だと言われた。
● やりかけの仕事も気になったので電話連絡だけでもさせてほしいと言っても駄目だった。
● 家族の態度は強硬で、家族といえどもこうまで自由を奪う権利があるのかと、怒りが込み上げた。
● 彼女は、人間扱いされていないと思い、怒りを感じた。
● 次の日の午後、反対派牧師がやって来て、はこぶね教会の大久保ですと自己紹介した
(以上、陳述書p.231-236から要点を抜粋)
物理的拘束の存在は、法廷でも認定されている。平成15年3月14日の札幌高裁判決は、「被控訴人らはいずれも控訴人を脱会(棄教)した者であり、脱会に至るまでの過程において親族らによる身体の自由の拘束等を受けた者も多く、このような拘束等は、当該被控訴人らとの関係においてそれ自体が違法となる(正当行為として許容されない。)可能性がある」[2]と述べている。しかしながら判決文は、これらは被控訴人とその親族との間で解決されるべき問題であり、こうした事実は青春を返せ裁判の判決には影響を与えないと述べている。
[2]ここでは、控訴人は統一教会を指し、被控訴人は原告の元信者らを指す。